オフショア難民手続き

筆者: Trinh Luu
翻訳者: Tsuzuru
編集者: Juri

メディアでは度々オーストラリアへ逃れた難民について言及しているが、国外に設置した収容施設は必ずしもオーストラリア特有であるわけではない。そこで、この記事ではオーストラリアのオフショア難民手続きの現状に注目する一方で、これと同様の状況、あるいは類似している事例についても言及する。

オフショア難民手続きは「パシフィック・ソリューション」の合意の下、2001年にオーストラリアの政策として導入された。(2008年に一時停止されたが、2012年にオーストラリアに到着した多くのボートが襲撃されたことを機に再開された)[1][2]。この政策の下、有効なビザを持たずにボートでオーストラリアに辿り着いた難民申請者は、オーストラリア政府によって入国を妨害され、かつてオーストラリアの植民地だったナウル共和国とパプアニューギニアのマヌス島に造られたオーストラリア域外収容施設へ送られた [3][4]。収容施設はオーストラリア政府によって建設され、民間企業によって運営されている。一方で、難民認定はナウルとパプアニューギニア政府によって取り扱われている [5][6]

この制度の概念は、1980年代にハイチの難民申請者に対してアメリカがとった政策が由来とされている [7]。アメリカ政府はグアンタナモ湾をアメリカ合衆国外部の難民申請施設へと転換し、難民申請者をそこへ送還した。事実上、難民申請者を保護するためのアメリカ政府の責任を縮小したのである [8]

オーストラリアの難民に対するオフショア体制は、その実行から長い間、国際人権規約に違反していると捉えられ、法的に異議申し立てをされてきた [9]。しかし、抑止力として機能するはずの地域の人権裁判所がないため、ナウルとマヌスの収容施設に収容されている人々の不安定な存在を悪化させるような、論争を引き起こす政策の変更が続いている [10]

最も注目されていることは、2013 年7 月にオーストラリアの方針が変わったことである。これによって、たとえ正式に難民として認められたとしても、ナウルとマヌス島に収容されている人々がオーストラリアで再定住するためのプロセスを妨げている [11]

収容施設の職員による問題行為や、オーストラリアの域外収容施設で難民申請者が困窮を耐え忍んでいる惨状は、国際的な非難をより引き起こしている [12]。これらの施設内の状況について、独立性のある報道が縮小されているにもかかわらず、難民申請者に対する虐待と不十分なアフォーダンスを暴露する文書のキャッシュ(ナウルファイルとして知られている)は、施設内部で何が起こっているのかを明らかにしている [13]。あらゆるレベルの危害が見つかっており、職員による拘束された人々への性的・身体的な暴行から、医療上の過失や明かな治療拒否、自殺や自傷行為に至る傾向まで、子どもたちや多くの10代以上の人々によるものであることが明らかになっている [14][15]

依然として施設内の人々はやつれ衰え、施設の維持費が約17億$AUDに及ぶが、イギリスなど他の国もオーストラリアのような難民申請手続きのシステムをモルドバやモロッコ、パプアニューギニアを収容施設の新設地として模索している [16][17]

オーストラリアやそのシステムを模倣しようとしている国は、密輸対策でありボートでの危険な航海を阻止するためであるという利他主義の言葉で、自分の動機を隠している [18][19]。これが、オーストラリアが2013年にニュージーランドの再定住の申し出を断った理由であり、将来的な再定住の見通しはより多くの密輸と危険な国境通過を促すと警告している [20]しかしオーストラリア政府が本当に求めていることは、難民申請希望者による選択の自立性を阻止することである。国としては人々がボートで逃れる先としてオーストラリアの収容施設が選ばれることを望んでおらず、国は入国できる人を選定できることを望んでいる [21]

難民がオーストラリアに来る手段や有効なビザを持っているかということは、彼らの安全より重要ではないが、その両方の要素は彼らがオーストラリア国内の収容施設か国外の施設で対処されるかを区別するために使われる。

ライラ=アポストロバが欧州連合における移民システムについてフォーカルブログに寄稿した一部の思想は、人間の移動における階級制度(移民の種類の違いを用いたものから権利と利益の差別化された割り当てを通して)は、困窮の差や保護の必要性をもとにしているとは限らず、国境を超えた移動を取り締まる状態による試みであるという点に注目している [22]。この評価はオーストラリアの域外にあるオフショアプログラムと同様に人々への移動の規制にも当てはまる。

その植民地支配的な、人種化されたオーストラリアのオフショア難民プログラムの基盤は見過ごすべきではない。

なぜナウルとパプアニューギニアに設置された収容施設は、オーストラリアに比べて難民申請希望者を迎え入れることに適さないのか。むしろ偶然にも、それらの国の領土をオーストラリアが利用することは、かつての植民地的な関係があるため、移民と出入国管理の政策を実行することが可能になっている [23]。植民地支配とその搾取は両国の関係を、いわゆる「オーストラリアの難民集積場」にすることで、経済と援助をオーストラリアに依存する関係に束縛している [24][25]

ナウルとパプアニューギニアのように、インドネシアやマレーシアのようなオーストラリアの広範囲にわたる国境警備の拡張地域とされるアジア太平洋地域の国々も同様である [26]。難民申請希望者へ保護を提供する責任をそれらの国に押し付けるためにその協力関係を深めることにより、オーストラリアはその本土を白人のための土地として留保すること、手に負えない移民地域を排除すること、効率的に人種化された他の地域に追い出すことが可能になる [27]。要するに、オーストラリアの域外難民保護プロセスは、アジア太平洋地域における植民地支配と人種差別的支配の延長線上に巻き込まれている。

オーストラリアで実施されているオフショア難民保護手続きの制度と、他の国で実施される可能性のあるモデルについて好ましくないことは、すでに身体・精神ともに弱っている人々がさらされる虐待や困窮のレベルだけではない。この制度は根強く残っているので悪質になっており、もっと正確に言えば、植民地支配から独立した時代においても進行中である人種化と植民地の論理のなかでうまく運ばれている。

したがって、この制度は排除されるべきであり、それを模倣したような他の制度は続けられるべきではない。

【画像:Daniel Anthony  提供】

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